瀬戸内寂聴さんの結婚運をインド占星術で読む

出典:Livedoor News

2021年11月9日に亡くなられた瀬戸内寂聴さんの結婚について、インド占星術のホロスコープから読んでみたいと思います。

※出生時刻は不明ですが、結婚や出産のタイミング、元夫の職業や結婚生活の特徴(不倫・離婚経験)、アメリカ在住のお子さんがいることなどから時刻は調整しています。見立てが正しくない場合、当てはまらないこともあるかもしれません。

過去の行いについて

瀬戸内寂聴さんへの見方は、「悩みに親身に寄り添ってくれる」「書籍を読んで生きる希望が持てた」というものもあれば、「過去の行いを棚に上げ、説法などされても説得力がない」「好きになれない」というコメントも多く見られます。

瀬戸内寂聴さんが非難されている「過去の行い」といえば、夫と子供を捨て、複数の男性と不倫をしたことのようです。

瀬戸内さんにとって、人生で唯一後悔していること。それはお子さんを捨てたことだと事あるごとに語っているようです。

確かに、その部分だけを切り取ると、なんて薄情な母親なんだと非難されてしまうのも無理もないことかもしれません。

特にお子さんがいる既婚男性にとっては、許しがたい事と思われている方が多いかもしれませんね。

ですが、瀬戸内さんがなぜ不倫をし、子供を捨てたのかというところまで思いを馳せる人は少ないようです。

単に欲望が強い女性、また男性がそばにいなければ生きていけない、依存的な女性だと思われている人もいるようですが、ホロスコープでは全くの逆という印象があります。

瀬戸内寂聴さんのホロスコープからは、瀬戸内さんがなぜ不倫に走り、子供を捨てたのかを読み取ることができます。

瀬戸内さんの中国での結婚生活については、ウェブ上に論文が公開されていましたので、そちらを参照しながら話を進めていきます。

瀬戸内晴美(寂聴)と中国との関わり(PDF)

月期・北京での結婚生活

東京女子大学に入学後の三年半の間に,小説家になる夢は現実的ではないと考え,早く結婚して日本から出たいと考えるようになった。

元夫とは,結婚後に北京で暮せるということだけが条件で,縁談を決めた。

瀬戸内さんが結婚されたのは、1943年2月。この時、月・水星期でした。

まだお相手の酒井さんとは同居はしておらず、北京で結婚生活を始めたのは1943年10月からのようです。この頃、月・ケートゥ期でした。

瀬戸内寂聴さんは、幼少の頃から小説家になることが夢だったそうですが、東京女子大学卒業時は戦時中ということもあり、女性が経済的に自立することなど難しいと考えたのかもしれません。

本当は小説家になりたい。でも小説家として生計を立てることなど、この頃は想像もできなかったのでしょう。

元夫の職業と経済力

元夫は中国古代音楽史が専門で,はじめ外務省留学生として北京へ渡ったが,留学期間終了後も北京に残って研究を続けることを希望し,北京師範大学の講師となった。

お相手の酒井さんの職業は、元夫は中国古代音楽史の研究者であり、北京師範大学の講師でもあるようでした。これも瀬戸内さんのホロスコープから見る限りでは、配偶者の職業が研究者または講師の可能性が読み取れます。

そして1944年8月に北京で女児を出産、この頃、月・金星期でした。

瀬戸内の北京での新婚生活は決して順風満帆ではなかった。彼女は北京に着いたその日から,元夫の一向に上がらない給料と,鰻上りの物価とのギャップに振り廻され,生まれてはじめての貧乏暮らしを味わい,出産,七度にわたる引っ越し、元夫の現地召集と引き続く生活には何のゆとりもなかった。

彼女は娘と親類一人ない北京に無一文でとりのこされた。当時,元夫の職場が輔仁大学から北京大学に変わったばかりで,内地からの任命がいつ来るかわからず,北京大学の給料が出ないという不安な状況に陥っていた。

その後,内地からは手紙も届かなくなったが,瀬戸内はその頃から俄然活動的になった。母が七つの行李につめて持たせてくれた嫁入り支度の着物を,一枚も残さず中国人に売った。

しつけもとらないまま,一度も手を通すひまもなかった着物が,二年の親子の生命を支えていたことは想像もしなかったという生活ぶりであった。

戦時中だったことも大きく影響しているようですが、結婚生活において初めて貧乏暮らしを味わったとあります。

元夫は召集されてしまい、女手一つで生活をやりくりしなければならず、結婚当初から金銭的に苦労の多い結婚生活だったようです。

対して、瀬戸内さんのご実家は非常に裕福であろうことがホロスコープから読み取れます。戦時中だったにも関わらず、東京女学院大学で学びを得る機会も得られたとのことですから、物質的なことで不自由さを感じたことは一度も無かったのかもしれませんね。

火星期の不倫

終戦の日を境に,瀬戸内は心境の変化があった。元夫と結婚以来何ひとつ話らしい話をしていないことに気づいたのである。元夫は瀬戸内のこのような心の変化に特に気づいていない様子であった。彼らは日常生活こそ共にしていたが,夫婦の間に本当の会話はなかった。瀬戸内はその時の心の中のもどかしさを伝えようとしても,通じあうことばのないことを発見してしまった。

戦争が終わり、中国での結婚生活を終えて1946年8月には一家で徳島へ帰国します。

この頃から火星期が始まりますが、瀬戸内さんにとって火星期の結婚生活は喧嘩や言い争いが多く、苦悩が続いていたのではないかと読み取れます。

この時期は複数の男性との関わり(三角関係や不倫)が生じやすく、また、それを家庭に持ち込むことで自ら家庭を壊してしまうという結果となっても、何ら違和感のないホロスコープという印象です。

元夫の教え子である男性と、帰国後にすぐに不倫の関係に陥ったそうですが、恐らく北京での結婚生活が散々なものであったこと、また夫とは会話がなく心が通じ合えないことなどをこの男性に相談していた可能性が考えられます。

瀬戸内さんが不倫をした理由、それは「夫が頼りなく感じた」というコメントがあるようです。

瀬戸内寂聴の元夫や不倫相手は誰?若い頃に娘を捨てた男性遍歴を調査!

元夫は経済力がなく、嫁入り道具の着物を中国人に売って生計を立てていたそうですから、「夫が頼りなく感じた」というのは「経済的に頼りにならない夫」ということなのでしょう。

(一般的に)不倫をする女性は、抱えきれないほど結婚生活の悩みがあり、それを誰かに聞いてもらいたいという願望があるはずです。

この男性は夫と違って話を聞いてくれる、苦しみを分かってくれる、また恋愛特有の感情の高まりを感じられ、大切にされているという実感が持てる。恐らくそう考えていたのかもしれません。

これが瀬戸内さんにとって、初めての恋愛だったようです。

自立の決意

夫と子供を捨て、京都で一人暮らしを始めたのは1948年。この頃は火星・土星期でした。

この時期は恐らく、決裂を決意するような決定的な「何か」が元夫との間であったのでしょう。

元夫の酒井さんとは見合い結婚であり、条件だけで結婚を決めてしまったこと。元夫のこと(経済力や性格など)を良く知らないまま北京で結婚生活をスタートさせてしまったこと、また恋愛結婚ではないため、愛情が感じられないことが元凶だったのかもしれません。

経済的に頼りにならず、また寄り添えない夫と日本で一緒に暮らしても、また苦い思いをするのかもしれない。砂を噛むような結婚生活に費やす時間や労力があるのなら、夢だった小説家になり経済的に自立をしようと決めたのかもしれません。

瀬戸内さんの心情としては、もう夫に寄り添う気持ちは完全に消え失せていたのではないでしょうか。

離婚したことに後悔はされていないとのことですが、お子さんについては罪悪感を感じているというコメントが見られます。

お子さんとの和解

瀬戸内さんのお子さんは、現在アメリカに在住しているそうです。

子供を捨てたことに関して、第三者からすれば非常識な母親と非難されてしまうかもしれませんが、ホロスコープを見る限り、それもシナリオ通りの展開であると読み取れます。

瀬戸内さんの分割図には、お子さんが遠方の地、アメリカにいることが示されています。

子育てについては過去世において十分に経験したという可能性があり、それも現世においてお子さんとのご縁が薄い理由の一つといえるのかもしれません。

(一般的に)家族や親に愛着を持てない子供は、早くから家を出て自立する傾向があります。

家庭内で母親の愛を十分に知らずに育ったお子さんは、早くから家を離れ、海外で人生を切り開くという人生のシナリオがあったはずです。

瀬戸内さんは、お子さんのこの世での人生の目的を果たすために、お子さんを手放す悪い母親役に徹したという見方もできますね。

瀬戸内さん曰く、元夫の元で育てた方が経済的に余裕があると考えてのこと。それもお子さんに対する愛情でもあると思います。

また、お子さんとは生前に和解しているそうです。

それまで瀬戸内さんを拒否するような言動もあったそうですが、和解できたのはお子さんが瀬戸内さんがお子さんを手放した理由を理解し、また瀬戸内さんから十分に愛されていたことを受け入れられたためではないでしょうか。

ラーフ期の成功と木星期の出家

1956年に作家としてデビューしますが、この頃はラーフ・木星期でした。

ラーフ期にも不倫の関係はあったようですが、関係を清算するため、1973年に出家をしたそうです。

丁度、木星期に入ったばかりの頃(木星・木星期)であり、時期的にもほぼ一致しています。

瀬戸内さんは月期後半から火星期は特に、苦い結婚生活や不倫、子供との別れなど、結婚生活のダークサイドを嫌というほど経験されたことでしょう。

自身の辛い結婚生活や不倫の経験を経たからこそ、ラーフ期は小説家として大きな成功を収められたのでしょうね。

木星期以降、人生で悩める人たちに寄り添い、講演会を実施したり数多くのエッセイ本も出版しています。

健康上の問題について

亡くなった原因は、心不全だったそうです。

現在、水星期ですが、水星は瀬戸内さんにとって死へ誘導する惑星となりえます。

ホロスコープから読み取れる瀬戸内さんの健康上の問題、それは心臓や血の巡りに関してですが、これは慢性的なものである可能性があります。

晩年には血管を広げるための手術なども行ったというエピソードがあります。

99歳迎えた瀬戸内寂聴さん、誕生日に入院手術していた「脚の血管が詰まって、痛くて・・・」

また、「肉を食べなければ、小説が書けない」というコメントも複数見かけます。

66歳年下の仲良し秘書が語る 瀬戸内寂聴さん的・若返る秘密の生き方

「出家しているのに肉を食べて・・・」というような批判もあるようですが、赤身の肉から得られるミネラルやたんぱく質が血液を作るため、瀬戸内さんの体に必要な栄養素だったのでしょう。

瀬戸内さんは99歳まで数々の苦難を乗り越え、精力的に生きてこられました。大往生だと思います。

最後に、瀬戸内寂聴さんのご冥福をお祈りいたします。

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